書籍

専門家主導から住民主体へ

場づくりの実践から学ぶ「地域包括ケア×地域づくり」

導入部 特別公開

書籍情報

「専門家主導から住民主体へ
~場づくりの実践から学ぶ「地域包括ケア×地域づくり」

著者:広石拓司
発行:株式会社エンパブリック
発売日:2020年5月20日

価格:1,980円(税込)

ISBN 978-4-9906695-1-5

「住民が主体的に地域の課題解決に参画する」とは、どういうことなのだろう?

専門家の指示でも、住民任せでも変化は起きない。どのような変化を進めていくことが大切なのだろう? 実践経験を基に、私たちが大切にしている考え方、進め方をまとめました。

本書の内容を知っていただくために導入部を公開しました。

はじめに

地域づくり、まちづくりで、「住民主体」という言葉がよく使われています。

この言葉が想定しているのは、地域で住民が助け合い、支え合いを進め、自分達で地域の課題を解決していく状態でしょう。

このような〝住民の主体性〞が、地域の福祉、防災、教育、地域活性化、環境など様々な分野で重要なテーマとなっています。

中でも、福祉の分野では「地域包括ケアシステム」「地域共生社会」の政策において、住民の支え合いや助け合いの役割がクローズアップされています。「地域包括ケアシステム」は、高齢化がどんどん進む中で、高齢になっても住み慣れた場所で安心して暮らしていける地域づくりを目指す取組みです。その中で、介護予防や生活支援の実施、要支援や要介護でも暮らせる環境づくりに、住民の力が不可欠とされています。高齢者のみならず、子育て、障がい、生活困窮なども含めて包括的な課題を扱う「地域共生社会」の実現は、地域のつながりや共助・互助の取組みなしでは考えられないでしょう。

また、住民主体は福祉分野だけでなく、例えば、防災においても、地震や風水害など大規模な災害が増える中で、日頃の防災意識の醸成から緊急時のお互いの声かけ、避難所の運営まで、住民の自助や地域活動による共助・互助の取組みが不可欠とされています。教育、地域活性化、環境問題への対策などでも同様です。どの分野でも、かつてなく、地域コミュニティや共助・互助、住民主体の活動の重要性が強調されています。

ただし、現状では「住民主体」は住民の内部から出ている言葉というより、行政や専門職側から重要性や必要性が発信されていることが多いようです。行政や専門職は、社会問題の状況を見て住民主体が不可欠だと考え、発信しています。しかし、「住民主体で動いてください」と行政が伝えて動かそうとすることは、本当に「住民主体」と言えるのでしょうか?

だからと言って、住民に任せっきりで放置していても、地域のつながりが弱まっている現状では、支え合いが自発的には生まれにくいでしょう。もちろん、意識の高い住民が問題意識を持ってNPOなどの活動を始めていますが、周りの住民と温度差が生じている場合が少なからずあります。同じ住民活動でも、町会・自治会などの地縁型の活動とNPOなどテーマ型の活動がかみ合わない場面も各地で見られています。

行政が動かそうとしても難しい。住民任せでも難しい。そこに現代社会における「住民主体」の難しさがあります。

地域に暮らす住民や当事者が〝主体的に〞問題解決に取り組むとは、どのようなことを指すのでしょうか?また、地域課題に気づいた専門職が、住民主体の活動を促していくには、どうしたらよいのでしょうか?目指すべき地域の姿とは、どのようなものなのでしょうか?

そのような問いを抱えながら、様々な現場で「住民主体」の大切さや必要性に気づき、実現を目指して努力し、試行錯誤を始めている方が各地にいらっしゃいます。

私たちも、主に東京で、地域発の活動の立ち上げ支援、地域包括ケアの地域づくりの推進などに取り組んできており、試行錯誤を重ねてきました。活動の中で、住民主体の活動はどうすれば立ち上がり、運営していけるのか、悩み続けてきました。まだまだ「こうすれば必ずうまくいく」というところには至ってはいませんし、そもそも人や地域は千差万別であり、正解はないのでしょう。ただ、経験を重ねてきた中で、何を外してはダメなのか、どのような考え方や進め方が大切なのか、気づきを得ることはできました。

そこで、私たちが「住民主体」について実践を通して学んできたことを、住民主体の地域づくり、地域包括ケアシステムや地域共生社会などを推進する役割の方のヒントにしてもらえたらと考え、この本をまとめました。住民主体は多面的で、多分野にわたるため、本書では地域包括ケアにおける地域づくりに焦点を置いてまとめました。地域福祉に取り組む方にはもちろん、他の分野で活動している方にも、応用して役立てていただける要素が多数あると考えています。

本書が、地域のこれからを思い、多くの人々がいきいきと安心して暮らしてほしいと願う方にとって、地域で活動する際のヒントになれば幸いです。同時に、私たちも、まだまだ模索中ですし、地域や状況、時代によって必要なことも変わっていきます。ぜひ、皆さんのご意見もお寄せいただければと考えています。

共に考え、より良い方法を共創していきましょう!

2020年1月

広石拓司

本書の構成について

第1章では、「住民主体」という概念について、実践を通して地域の現場で考えたことをまとめた。

また、主体的な活動に行政や専門職はどのように関わっていけばよいのか、特に、行政や専門職が指示を出すのではなく共同意思決定することの意味をまとめた。

第2章では、「地域包括ケアシステム」において、住民主体はなぜ大切なのか、専門職が取り組む地域づくりとはどのようなもので、何を大切に進めていくといいのかをまとめた。

第3章では、住民主体の核となる「協議の場」や「対話」の意味と実践法について考えるために、大田区社会福祉協議会の「六郷助けあいプラットフォーム」の立ち上げ、運営のプロセスとそこでの工夫を紹介した。結論を出さずに、話し合い続けることに意味があり、それが活動の生まれる基盤となることを紹介している。地域の多様な力を持ち寄る方法として近年注目されているコレクティブインパクトの地域での実践としてもヒントになるだろう。

第4章では、住民主体の活動が立ち上がるまでの支援の方法を考えるために、狛江市での「通所型サービスB」の立ち上げの考え方、プログラムの内容、運営方法についてまとめた。地域のアクションを促す場づくり、参加型講座の設計のヒントになるだろう。

第5章では、住民主体の地域づくりが広がり、定着したゴールイメージを具体的に考えるヒントとして、イギリスの社会的企業「ブロムリ・バイ・ボウ・センター」を紹介した。私自身が今の仕事をしているのは、2001年にこの事例に出合ったからであり、今も目標像として持ち続けている。住民による地域力とは何かを考えるヒントになれば幸いだ。

このようにトピックごとに5つの章に分けているが、本書全体を通して、下記の5つの問いを考えている。読者の皆さんは、各章を読む際、これらの問いを念頭において読んでいただければと考えている。

問い1.住民主体とは?

なぜ現代社会において住民の主体的活動が重要になっているのだろうか?そもそも住民主体とは、主体的な住民とは、どのような存在のことなのだろうか? また、住民が主体的に動いている地域とは、どのような姿なのだろうか?

問い2.専門職はどう関わるといいのか?

本書では、テーマや制度についての知識を理解し、日常業務で利用している人を「専門職」としている。例えば、地域包括ケアシステムについては、医師、保健師、社会福祉士、ケアマネジャー、社会福祉協議会や地域包括支援センターの職員、行政の担当職員を想定している。(特に、行政の役割を強調したい場合は「行政、専門職」と併記する場合もある)

そのような専門職の姿勢や動き方は地域づくりに大きな影響を与えると考えられる。

では、専門職にとって、住民主体とはどのような意味があるのだろうか?自らが主導しない中で、どのような姿勢で、どのような関わり方をしていけばいいのだろうか?これまでの進め方から何を、どう見直せばいいのだろうか?

問い3.地域包括ケアシステムにおける地域づくりの進め方は?

超高齢化の進む地域にとって、地域包括ケアシステムが進める地域づくりは、どのような意味があるのか?関わる専門職がサービス提供から地域コミュニティ醸成へと発想や視点を切り替えるには何が大切か?どのような場づくりが必要なのか?そこから他分野は何を学ぶことができるか?

問い4.住民の参画を進めるには、どのような場づくりが必要か?

住民主体を進めるには、どのような場づくりが必要か?地域の関係者を集め、地域課題の理解や必要な活動を促すには、どうしたらいいのか?多様な立場、考えの参加者が協力できる場づくりには何が大切か?

問い5.地域に課題解決の活動を生み出すには?

住民が課題解決の担い手として動き出すには何が必要か?活動の立ち上げを促すには何が必要か?地域の賛同者や協力者を増やすには?活動の持続性を高めるには?

コラム

目 次

はじめに

本書の構成について

COVID―19拡大下における住民主体

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第1章 「住民主体」とは何か?

1 住民主体が必要とされる背景

2 主体的な住民は、どこにいるのか?

3 主体性の芽を育むとは?

4 主体的な活動を促すとは?――コーディネーターに求められること

5  共同意思決定(コンコーダンス)という関わり方

6 コンコーダンス・モデルを住民主体の地域づくりに活かそう

7 一人ひとりの顔が見える関係を再構築する

8 住民主体の地域づくりを進めるために

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第2章 高齢化する地域に必要なことを自らつくる地域へ~地域包括ケアにおける地域づくりとは?

1 地域包括ケアにおける地域づくりの背景

2 地域づくりを実践するための2つの視点

3 つながりは介護予防に大きな影響を与える

4 専門職にとってコミュニティはパートナー

5 地域づくりのための話し合いを効果的に進めるために

6 まとめ――超高齢社会への地域のパラダイムシフト

第3章 住民主体の〝話し続ける〟場づくり~大田区六郷助けあいプラットフォームの経験から

1 なぜ、「話し続ける場」づくりを目指したか

2 参加者の場への参加スタイルを整える――初年度の取組み

3 話し合いの場の準備と進め方

4 話し合いの体験を通しての気づきとプラットフォームの始まり

5 六郷プラットフォームの本格スタート――2年目の取組み

6 新たな展開と新たな課題――3年目の取組み

7 まとめ

第4章 住民の自主活動の立ち上げを促すプログラムの運営法~狛江市での住民主体の運動の活動スタートへの道のり

1 住民主体の活動づくりで直面する課題

2 狛江市でのプログラムの基本的な考え方

3 健康体操を軸とする自主活動へのプログラム(2017年度)実施内容

4 ウォーキングを軸とする自主活動へのプログラム(2018年度)実施内容

5 狛江の2年間の経験から学んだプログラムの運営のポイント

6 まとめ

第5章 一人ひとりに友人として寄り添い、共につくる住民主体の拠点づくり~英国ブロムリ・バイ・ボウ・センターに学ぶ

1 地域に暮らす人は一人ひとり異なり、複合的なニーズを持つ

2 場を使う住民とパートナーシップを組む

3 ジーンの悲劇――友人として寄り添う仕組みが必要

4 社会にある資源と地域の人を結び付けることで活動は生まれる

5 地域には自分からコトを起こす精神が必要

6 対話し、つながる目的とは?

おわりに――5つの問いからふりかえる

謝辞

参考文献

第1章 「住民主体」とは何か? より

まちを生きる、まちをつくる

「私たちは〝まちづくり〞はしていない。〝まちを生きている〞のだと思う」。

住民自治という時に、私はこの言葉をよく思いだす。これは、住民自治の取組みで有名な韓国ソウル市のソンミサンマウルという地域で活動する人に話を聞いた時に出てきた言葉だ。〝まちづくり〞という言葉は「まち〝を〞をつくる」という意味であり、〝まち〞を客体として、つまり〝まち〞と〝自分〞を分けて捉えている。しかし、彼らは「私たちは、〝まち〞で生活する中で必要だと思ったことを自分達でつくってきただけだ。まちを生きてきた結果が五十を超える活動になっているだけなので、私たちは〝まちづくり〞はしていないと思う」と言う。

また、文京区で地域課題を考える対話を、区民にファシリテーターを担ってもらって開催しようとした時、事前打合せでファシリテーター役の区民たちから、次のような言葉をもらった。「対話のテーマに『住民参加を活性化するには?』というのがあるが、区民の立場では、このテーマのファシリテーターはできない。住民参加というのは行政の視点の言葉で、区民の私たちがこの言葉を使うと、上から目線みたいになってしまう」。

その言葉に共感する人が多かったため、皆さんにテーマを考えてもらった。そこで出てきたのは、『文京区でどんなことをしてみたい?』だった。住民は「住民参加をする」ために動いているのではなく、「地域というフィールドで自分のしたいことをする」ために動いているのだと気づかされた。

「住民参加」と同様に「住民主体」という言葉も行政や専門職の用語だ。地域で生活し、動いているのは住民一人ひとりで、住民が生活する地域を支えるのが行政や専門職の役割だったはずだが、行政や専門職による「地域づくり」が先行してしまっている。それは、様々な分野の高度化、専門化が進む中で、行政の俯瞰的な視点や調整力、専門職の専門性、多様な社会サービスへの需要が求められてきたからだろう。近代化とは、もともと地域内で住民が担っていた機能や役割を行政や専門職へと外部化してきたことだと言うことができる。つまり「まちを生きる」人だけではできないことを、「まちをつくる」人たちに委ねてきたのだ。

東京神田の町会長が、このように話してくれた。

「コミュニティづくりが大切だと考えるなら、区役所の人員を半分以下にしてはどうか。そうすれば、地域のつながりや助け合いの意味を多くの人が再発見するのではないだろうか」。

なぜ住民主体なのか?

では、社会がますます高度化し、専門化している中で、どうして「住民主体」が地域福祉を始めとする様々な分野で重要視されるようになっているのだろうか?

まず、課題が多様化、複雑化、深刻化し、変化のスピードが速まる中で、専門的な社会サービスが限界に近づいている状況がある。行政や専門職が高度化、専門化しても、問題の変化や拡大に追いつけなくなっており、行政や専門職に任せておくだけでは、解決どころか目の前の対応も難しくなってきている。

かつては、問題は限定的だった。例えば、高齢者の人口が全体の1割で、介護を受ける人が地域の中でごく少数だった時代は専門職だけで対応できた。しかし、高齢者が人口の約3割を占める昨今、介護や支援を必要とする要介護者は2019年には650万人を超えている。要介護者は社会の主要な構成員になっている。さらに近い将来、軽度な人も含めて認知症の方が800万人になるという試算もある。行政や専門職だけでなく、もっと多くの人の力が必要になっている。

これまでは、「まちを生きる人では難しい」からこそ住民は高齢化対策を行政や専門職に委ねてきた。専門性を持たない一般住民に何ができるというのだろうか。

もはや、考え方の前提を変える必要がある。行政や専門職は、問題を抱える人が少数派だった時代に、起きた問題への対応を行ってきた。問題を自覚した人が申請し、それに対応するのが役割だ。しかし、今、様々な問題が深刻化していく中で、問題が深刻になる前に食い止める、予防や早期発見の観点が大切になっている。日常生活の中で、問題が深刻化する前に予防すること、表面化する前に早期発見すること、日常の中の小さな変化への気づきからの声かけなどは専門職では難しい。まさに「まちを生きる人」の力が必要だ。

それと共に考えなければならないのは、家庭や地域の困っている人を支える力が弱っていることだ。家族の形が変わってきた中で、老々介護と言われる高齢者が高齢者を介護する状況、一人暮らし高齢者の病気、共働き世帯の子育てなど、世帯の単位では課題に対応しきれない状況が増えている。また、何十年もの間に、地域のつながりは徐々に弱まってきており、地域の中で協力したり、助け合ったりすることが難しい地域が増えている。また、都市部では再開発が進み人口移動が活発になり、海外からの移住者も増えている。また、地方では限界集落が増えている。いずれも長らく続いてきた地域の姿を大きく変える状況が広がっており、これまで守られてきた地域のつながりも急速に弱まっている。「まちを生きる人」が前提としていたことが失われてきている。

このように問題は複雑に、深刻になっているのに、個々人の抱える課題に対して、専門職も、家族も、既存の地域も対応できなくなっている。それを乗り越えるには、それぞれが自分の限界を認識した上で、改めて、地域の助け合い・支え合い、住民の協力による活動の意味を見直し、「まちを生きる人」を支える多層的な仕組みを再構成しないといけない。それを踏まえて、「専門職と住民の連携の形も変化しなければ、様々な場面で社会が立ちいかなくなる」という危機感が、「住民主体」への期待につながっているのだろう。

問いかけて、委ねる

「住民主体」を実現するために専門職に求められるのは、「住民が多面的に考えて〝より良い〞選択や行動を決定できる」環境を整えることだ。より良い選択や行動には、専門職の持つ専門的知見や客観的分析データ、多くの事例が不可欠であり、それを分かち合う必要がある。専門職は「素人には難しい」と考えると情報を出さなくなりがちだが、決めるのが〝素人〞だからこそ、その人がよい決定をできるように、〝いつどの情報がなぜ大切か〞、〝どう伝えたら必要な情報が伝わるのか〞、〝情報をどう使いこなせばよいか〞をサポートすることが大切になる。専門職は、自分の考える〝大切なこと〞を自分の中に閉じるのではなく、「どうすることが良いことなのか、共に考えよう」と問いかけることで、地域に開いていく必要がある。

同時に、専門職は住民の日常の生活やこれまでに培った価値観、将来への希望や不安、地域の文化などを十分に理解できていないことを自覚する必要がある。住民自身も自分に何が必要なのか自覚できていなかったり、うまく言葉にできず、口にできていなかったりする場合も多い。最初、本人が自覚できていないためにニーズとして伝えられていないことも、専門職と話し合った上で生活をしていく中で、「自分に大きな影響を与えているこれまでの価値観や習慣」や「自分が本当に必要としていること」を自覚していく。専門職は、一度の話し合いだけでなく住民との対話を継続しながら丁寧に意見を聴くことを通して、住民の生活等の状況を総合的に理解できるようになる。同時に、住民も自分の大切に思っていることを言葉にすることで自覚できるようになる。

そのような過程を経て、専門職、住民が自分の考えを言葉にして相手に伝え、お互いの意見を聴きあえる関係になることが、それ以降の対話の基盤となる。

この関係を基に、専門職は住民が自分(達)にある問題をどう捉えているのか、住民の不安、優先すること、好みなどの理解を深めていく。そこから、今後の生活や活動にどのような知識や体験が必要なのか考え、知識や経験を補っていく。そのようなやり取りが立場の異なる両者の相互理解を深めていく。気をつけないといけないのは、相互理解が進むことと説得することを混同しないことだ。専門職の考えに住民を近づけるのではなく、専門職と住民のそれぞれの考えが相手と共鳴し合い、調和していくことが大切だ。そして、専門職は自分の考えに誘導しないためにも、一人ひとりに自分に何ができるのかを考える機会を提供し、住民が自らの判断でどうするか決定する機会を設けることが大切だ。そして、住民の決定を尊重し、両者で合意したことを確認する。

ただし、一度、決定、合意したらそれで終わりではなく、その後の状況の変化を定期的に共有、確認し続ける。「何が起きているのか、それはなぜ起きたのか」「より良い生活や地域の実現には何が必要か」を問いかけ、話し合い、決定や合意を更新していく。

そのようにして、専門職と住民はパートナーとして、住民のより良い生活を実現していく。

第2章 高齢化する地域に 必要なことを 自らつくる地域へ

介護サービス提供と地域づくりの視点の違い

地域包括ケアシステム、中でも総合事業が打ち出され、各地域に展開される中で、推進を担う自治体、地域包括支援センター、社会福祉協議会などの現場から「難しい」「どう対応すればよいかわからない」「関係者で考えが合わない」などの声が聞かれた。それは、事業の前提となっている見方・考え方(視座)が、これまでの介護サービス提供とは大きく異なっているからだ。両者の視座の違いには、次のような要素がある。

サービス提供から、地域づくりのコーディネートへ

従来は、行政や事業者が介護の必要な人に介護サービスを提供してきたが、予防や互助では、要介護者だけでなく元気な高齢者もめた地域の多様な人が対象となり、その人たちの担い手としての関わり方や動き方の支援が求められる。専門職の役割が、提供者↓利用者というサービス提供から、地域づくりのコーディネートへと変化する。

起きた問題への対応ではなく、問題の予防を働きかける

介護サービス提供では、身体機能や生活の課題を明確にし、起きている問題に対応してサービスを提供している。しかし、介護予防は、まだ何が問題か、誰に何が本当に必要なのか明確になっていない状況で、住民に働きかける必要がある。

高齢者を助けられる存在ではなく、担い手としてみる

介護サービス提供で対象とする高齢者は「助けられる」存在であった。しかし、予防や互助では担い手として「助ける」「自ら動く」存在となる。

提供者主導ではなく、住民に任せる・委ねる

介護サービスでは、何のサービスを、いつ、どのように提供するかは、利用者の声を聞きながらつくられたケアプランを基に専門職が提供する。しかし、予防や互助は、日常的に何を行うか一つひとつを住民に任せる、委ねることになる。

標準的な型がなく、地域ごとに独自の答えをつくる必要がある

介護サービス提供では、要介護の認定の方法、課題への提供サービスの内容、実施費用などは、国全体で標準が定められ、それに則って各現場で実施されている。しかし、予防や互助の地域づくりを進めようとすると、地域によって高齢化の進展、住民同士のつながり、住宅、専門機関・施設、地域活動、交通状況、風土・文化などの状況は大きく異なるため、地域ごとに独自の答えをつくる必要がある。

地域を見る2つの視点――専門職からの視点と生活からの視点

上記にあげた様々な視座の違いの奥に共通しているのは、地域づくりでは専門職からの視点だけではなく、地域に暮らす人の視点が大切になってくることだ。

介護サービスの提供者は、要介護者を助けることが仕事の多くを占める。より重い人のケアには専門性が求められ、業務量も多くなる。また、生活や地域の課題の深刻さもよく見える。費用などお金の動きも大きい。どうしても要介護度の高い人への対応が先に立ち、「要介護ではない人」まで手が回らないと感じてしまう。また、介護予防では、〝要介護状態に陥らないように〞運動や脳トレといった機能強化を重視する。また、地域に対しても、課題のある人を早期に発見する「見守り」や悪化した人を支える「助け合い」など、専門職として「これをしてほしい」という要望が中心になる。

しかし、地域で生活する多くの人は〝要介護にならないために〞生活をしているわけではなく、「今の健康で、楽しく暮らせる毎日を続けたい」と考えている。そして、もし要支援や要介護になっても〝暮らし続ける〞ことができればと考えている。

ここで注意したいのは、〝要介護状態に陥らないように〞と〝今の暮らしを続けたい〞は同じ状況の裏表のことではあるが、発想の起点が違っている点だ。例えば、専門職からの視点では、「筋力維持の運動や脳トレに参加する人を増やしたい」という発想になるが、生活からの視点では「コーラスグループに通うのが、私の健康法」ということになる。決められた運動や脳トレよりも、コーラスに通い、歌の練習で体を使い、歌を覚えたり、運営を考えたりすることで脳を活性化させることの方が、介護予防の効果は大きい。そうわかっていても、専門職からの視点では、運動や脳トレは介護予防の領域だが、コーラスは〝趣味の活動〞で自分の担当外と分けて考えてしまいがちになる。

専門職からの視点が間違えているわけではないが、介護予防など幅広い生活者のテーマを扱うには「生活からの視点」を自覚し、両方を使いこなす必要がある。

公開部分は以上です。
続きは書籍でお読みください!

書籍情報

「専門家主導から住民主体へ
~場づくりの実践から学ぶ「地域包括ケア×地域づくり」

著者:広石拓司
発行:株式会社エンパブリック
発売日:2020年5月20日

価格:1,980円(税込)

ISBN 978-4-9906695-1-5