書籍

SDGs人材からソーシャル・プロジェクトの担い手へ

持続可能な世界に向けて好循環を生み出す人のあり方・学び方・働き方

はじめに 特別公開

書籍情報

「SDGs人材からソーシャル・プロジェクトの担い手へ ~持続可能な世界に向けて好循環を生み出す人のあり方・学び方・働き方」
著者 佐藤真久  広石拓司

  • 価格 2,750円(税込)
  • 単行本(ソフトカバー) : 240ページ
  • ISBN : 978-4840307734
  • 出版社 : みくに出版

はじめに

2020年に世界を覆ったCOVID-19は、グローバル感染症の脅威に加え、数多くの私たちの周りにあった問題を浮かび上がらせました。新しい感 染症の頻度が高まっているのは、森林伐採などで動物の生態が変わり、動 物と人間の接点が変化していることが遠因だといわれています。そして、経済のグローバル化が進み、国を超えた人の往来が増えたことで感染症 は広がりやすくなっています。その感染症は健康を守るための社会シス テムのあり方、多様な学習環境へのアクセス、働き方、貧困や格差など の社会問題を浮かび上がらせます。そして今回、健康と経済の両立が大 きな問題となりました。

このように、今、私たちの前にある問題は、いずれも環境、社会、経済が相互に影響し合う “複雑な問題” となっていることが実感を持って感じられるようになってきました。
これからも、自然や社会のグローバルリスクが多発することはあれ、減ることはないでしょう。気候変動のもたらすダメージ、格差を生む社会の不安定さなどが、ビジネスにも、地域づくり、国家運営、市民生活にも大きな影響を与え始めています。
私たちは貧困や格差、人権などの「貧困・社会的排除問題」と、気候変動や環境破壊などの「地球環境問題」という2 つの世界的な問題(双子の問題)から逃れることはできない状況にあり、誰もがその問題に向き合う必要性が高まっています。さらに今、AI(人工知能)をはじめとするテクノロジーの急速な変化も私たちの経済社会の前提を変えていこうとしています。

2000年までの経済社会と2030年の経済社会では、そもそも前提としていることが大きく違う状況になるでしょう。2000年に大きな問題として指摘されていたのは、HIV/AIDSや南北問題、貧困問題でした。今日では世界共通の問題として、気候変動、高齢化、貧困格差、肥満、生物多様性喪失、エネルギーの問題などが指摘されています。
そのような中で、経済と社会、環境とがどのように調和しながら、人々の生活の安心感も豊かさも高めていけるのか、ビジネスに求められることはどう変わるのか、地域を守るためには何ができるのか。国連の掲げる「SDGs(Sustainable Development Goals、持続可能な開発目標、2016- 2030)」に政府も企業も賛同し動き始めた中で、グローバル感染症の問題が起きた2020年には、これらの問いは一層の重みを持っているといえるでしょう。

SDGsの主題は「持続可能な世界」の実現ですが、現在のように厳しい問題が多くあり、経済社会の状況が変化する中で、地域が、ビジネスが「持続可能である」とはどういうことなのか、そこから考え直すべき時が来ています。

多くの人が気付いているのは、20世紀の経済社会の考え方のままでは持続できないということです。GDPの右肩上がりも、人口増加も、このまま続けることはできません。
「プラネタリー・バウンダリー(地球の限界)」の中で、貧困をなくし、誰も取り残さずに経済的な持続性を保つにはどうしたらいいのか。この 正解のない “複雑な問題” に対しては、20世紀の「経済成長さえすれば、全て解決する」というシンプルな発想では太刀打ちできないでしょう。
同時に、「環境さえ守れたら」「困っている人を政府が助けてくれたら」という発想でも、今の社会の複雑な問題は解決できないでしょう。経済の担い手であれ、社会や環境の問題解決に取り組む人であれ、これまでの延長線上で考え、行動するのでは新しい状況に対応できません。

20世紀の経済社会の基盤に合ったモデルの限界を自覚し、21世紀に持続可能な社会とビジネスを実現するための新しいパラダイムに包括的にシフトする必要があるのです。変化する世界と社会、技術の中で、どう持続可能な形に変えていけるのか、それは個人にも、組織にも、地域にも問われているのです。

このような20世紀の思考モデルを超えようと挑む取り組みは、さまざまな分野で、この20年の間に広がってきました。ただし、個々の内容はこれまでの専門分野の知見を批判的に考察し、先に進めることを目指しているため、専門性が高いものも多くあります。

そこで、本書では、21世紀に持続可能な社会とビジネスを実現するために、どのような思考モデル、メンタルモデルの転換が求められているのか、包括的に描くことを目的として作成されました。“複雑な問題” に対応するために必要とされる多様な考え方のシフトを、個々の項目の概要をつかみながら全体像を把握できるようにまとめました。本書で気になった個々の項目の詳細はそれぞれの専門書にお任せし、21世紀を生きる人に求められることを包括的にまとめることに挑みました。

また、本書は『ソーシャル・プロジェクトを成功に導く12ステップ』(みくに出版、2018年)の姉妹本として執筆されました。前書では、筆者2人のプロジェクト運営、組織開発、協働ガバナンス、関係主体のパートナーシップの知見蓄積に基づき、「協働プロジェクトの進め方(do)」をまとめましたが、本書では、筆者2人の教育、学習、能力開発の知見蓄積に基づく、「担い手のあり方(be)」とその背景に重点を置いて執筆をしました。

本書の筆者である佐藤と広石は、20年来、環境問題や福祉、地域づくり、国際協力など多様な社会問題に対する数多くのプロジェクトに、時に現場で自ら実践する立場で、時にコンサルティング・アドバイス・評価をする立場で、また担い手育成の立場で関わってきました。

その中で、佐藤は、SDGsの先行目標である2001~2015年の「MDGs(ミレニアム開発目標)」に基づく国際協力、ESD(Education for Sustainable Development、持続可能な開発のための教育)の国際的な議論に参加しながら、国連教育科学文化機関(UNESCO、ユネスコ)、国際連合大学(UNU)、東南アジア教育大臣機構(SEAMEO)、環境省、文部科学省、外務省などのプロジェクトの委員を長年務めてきました。
また、広石は、ソーシャルビジネス開発や地域コミュニティづくりを実践しながら、サステナブル経営についてのコンサルティング、ファシリテーション、問いかける力の向上などの人材プログラムの開発、大学での講義を長年行ってきました。
そのように共通項を持ちながら、異なるフィールドで活動してきた筆者2 人に共通しているのは、「人の変化」が社会やビジネスを変える上でとても重要になっているということです。そこで、その共通の考えを軸に、2人の立場や視点の違いを活かしながら対話を深め、サステナビリティ人材の要件を協同で探究していく構成としました。

共有する課題に対して2人の知見を持ち寄り、相互作用しながら広げたり、深めたりしていくスタイルを選択したのは、サステナビリティの実現には、対話やコミュニケーションを通して共に価値を創るプロセスが不可欠だからです。
「質問し、それへの答えを返す」という一方通行のコミュニケーションではなく、一人の発言が相手の答えを引き出し、その答えが次のアイデアや情報を引き出し、問いを深めていく。そのようなフィードバックし合う動的な過程そのものをお伝えすることが、本書の内容にはふさわしいと考えたからです。

今、本書の制作過程をふりかえると、2018年に前書を出し、地域づくり、企業経営、行政などの第一線の方たちと話し合いを重ねたことから始まりました。対話を通して、新しい物事の進め方に挑む人たちの多くが、周囲と話がかみ合わないことに悩んでいると気付きました。前提としていること、「良い進め方」という時の “良い” の定義、自分の立ち位置や問題との関わり方のスタンスなどに違いがあるのです。前提の違いが整理できないままに対話をしても壁にぶつかり、悪い時には分断してしまいます。

本書でまとめた「担い手のあり方(be)」の一つの核はコミュニケーションです。2019年に原稿の基を作成する中で、コミュニケーションの意味を伝えるには2人の対話のダイナミズムを活かすことが大切と考えたことも、対話形式を盛り込んだ理由の一つです。そして2020年、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大の中でも、対話はオンラインで継続されました。

対話部分はもちろん、本文についても、主担当を決めながらも、2人の対話を通して生まれた知恵が反映されています。そして、この本は最終解ではなく、対話と探究の中間報告を提示するものと考えています。読者の方も、この対話に参加するような気持ちで本書を読んでいただければと考えています。

2020年12月

佐藤真久・広石拓司