社会課題解決型事業を生む場づくり~日野リビングラボの実践より

社会課題解決型事業は現場主導の開発で

SDGsへの関心の高まりによって、社会課題解決型の事業への関心も高まってきています。社会問題や環境問題に対しては、事業を通した課題解決(CSV : Creating Shared Value)への意識が高まっていた中で、SDGsは事業を社会の問題解決と密接に結びつけて考える動きを加速させています。

しかし、CSVや社会課題解決型事業を掲げながら、実現に苦労している企業も少なくありません。そこには、従来の企業の事業開発が、「新規事業開発の担当者が市場調査やヒアリングを行いつつも基本的には社内で社員が中心に企画し、収支見通しも確かなものと裏打ちされた事業計画をまとめ、社内の上司や役員の承認を取ってから社会に出す」という流れにあったことが影響しています。近年では、オープンイノベーションを掲げて事業開発を行う場合もあるが、企業の事業開発担当者が中心になって、会議室やワークショップスペースでの議論を進めている場合が少なくありません。

問題は現場で起きており、問題の解決には当事者の参画が不可欠です。問題を理解するためにも、問題そのものを客観的に分析し、当事者の自覚しているニーズを把握するだけでなく、現場で何が起きているのか、背景にどのような構造があるのか、既存の解決策がなぜうまくいかないか、といった状況や文脈の理解のために、当事者との深い関係づくりが不可欠になります。

また、いくら理論的には課題解決に役立つ商品・サービスであっても、現場で使うとなると、ちょっとした使い勝手の悪さ、利用者と周囲の合意形成、人が動く上でのしがらみや障害などのハードルがあり、提供者の視点ではなく利用者の視点からハードルを深く理解し、利用者自身が使いこなせるような小さな改善やサポートが必要となります。

企業・住民・行政が共に考え、共に創るリビングラボ

多様なステークホルダーと共にプロジェクトを起こし、事業開発していくプロセスを書籍『ソーシャル・プロジェクトを成功に導く12ステップ』(みくに出版、2018)にまとめましたが、そこにも記したように、「協働」は社内で出来上がった企画を実行するためのものではなく、問題を理解し、潜在ニーズを把握し、解決策を生み出し、動かしながら改善していく中で、関わる人たちの参画を促すプロセス全体に渡って必要となります。

そのような動きを背景に、地域を舞台に、市民や利用者と継続的なコミュニケーションを取りながら商品・サービスを共創していく場が「リビングラボ」として注目を集めています。

リビングラボでは、商品・サービス開発の初期段階から当事者、想定する利用者の参画を促し、問題の理解、アイデアの創出を共に行う。その上で,アイデアをプロトタイプとして形にしたものを、実生活環境に近い状況の中で繰り返しテストしながら,商品・サービスを開発していく取組みです。このようなプロセスを経て、ニーズの理解を深めながら、「企画→開発→利用→評価→改善→企画→・・・」という循環型のアジャイル開発を進める場をつくることを目指しています。

リビングラボは、デンマークやオランダなどで、障がい者に使い勝手のいい商品の開発、地域に必要な社会サービスの開発などをコミュニティ全体で取り組む「参加型デザイン」を基にしています。それが、イノベーションの重要性を政府・企業が認識する中で、持続的に参加し、対話を続ける空間やプログラムを「リビングラボ」として整備してきました。近年、日本でも、高齢者のための商品・サービスの開発、クリエイティブなまちづくりの推進などをテーマに、自治体や企業がリビングラボの動きに取り組んでいます。

ただし、近年、日本で「リビングラボ」の取り組みが増えているが、ニーズ調査など企業が情報収集するための場、企業の技術・商品によるソリューション開発のテストベッドとなっている事例が少なからずあります。リビングラボの前提には、企業が商品・サービス開発の思想と進め方、地域や利用者との関係性を見直すことがありますが、従来の事業開発や関係性を変えないままに臨むことで、効果を発揮できていません。

エンパブリックでは、東京都日野市と共に、企業・市民・自治体が共創する場「日野リビングラボ」に取り組んできています(写真16-2)。市民と企業が問題を共有しながら、企業の商品・サービス・アイデアを基に市民が発想を広げ、自らの潜在ニーズを自覚して言葉にし、プロトタイプを実際に使いながら機能の改善、使いやすい利用者側の仕組みづくりなどを進めていきました。

日野リビングラボ・ガイド

エンパブリック編

地域課題の解決に向けて、企業・住民・行政が対等に立場でクリエイティブな対話を行うために必要なことをまとめた資料です。(A4 4ページ PDF)

日野リビングラボの進め方の事例

日野リビングラボは、どのように進めたのか。ここでは、2019年に取り組んだ子育てシェアに役立つITサービス開発のプロセスを紹介します。

1)【地域ニーズの明確化】

暮らしの夢セッション~日野の暮らしのあんなこといいな・できたらいいな大募集!

第1回 自分のわがままを伝えよう!

第2回 他の人の力を借りる課題解決ストーリーをつくろう

第3回 オンラインツールに困り事、できることを載せるとすると?

2)【強いニーズを持つ利用者との対話】

日野市ファミリーサポートセンターとオンラインのシェアリングサービスの提供企業の対話(6回)

日野市は数十年に渡って地域の助け合い活動を活発に行ってきたが、近年、助ける人も助けられる人も働きに出ている場合が多く、電話での調整が難しくなっていた。オンラインのマッチングを考えていたが、活動の状況にあった使い勝手の良いツールがなく、またコーディネーターも利用者も発想を変える必要があることから実行できていなかった。今回、企業とセンターのコーディネーターが対話を重ねることで、現状の活動にオンラインツールを導入した場合のワークフローの整備、市民間の信頼関係を醸成するための機能の改善、マニュアル整備を進めた。

3)【利用者参加の試用】

日野市ファミリーサポートセンターによる利用説明会の開催

企業とセンターが協働で開発を進めた結果、センターのコーディネーターが「使える」と判断したことから、センターが主体となって第一弾として小規模なテスト参加者向けの利用説明会を行い、第二弾として一般向けの利用説明会を開催した。実際に利用者が使うことで見えてきた課題を共有し続け、改善を重ねた。

4)【一般利用への拡大】

日野市シェアリングエコノミー・リビングラボ(3回)

ファミリーサポートセンターでの知見を基に、一般ユーザーがどう使えるのかリビングラボで話し合い、利用者を募った。また、スマホが苦手な高齢者がネットワークに参加できるように、参加者の中から自主的に「スマホの使い方講座」のグループが立ち上がった。

このように対話、共創、実証、改善を一連の流れの中で循環しながら進めることで、利用者の満足度の高いシェアリングソリューションの開発に至りました。ただし、当初想定されていた企業の事業期限の関係で開発されたサービスは休止となりましたが、リビングラボの経験によってファミリーサポートセンターの新しい発想が根付き、市民の助け合いや連携活動も広がりました。また、企業と自治体も経験を基に継続して事業開発に取り組むことになりました。

商品・サービスの成功には多様な要素が関係し、リビングラボで全てを解決できる訳ではありません。しかし、リビングラボを通して得た知見、関係性、文化は、中長期的な視点から持続可能な企業、地域をつくるための双方の資本を強化することに貢献しているといえます。