まちの起業がどんどん生まれる地域をつくる ~ 文京ソーシャルイノベーション・プラットフォーム
2013年度から2016年度にかけて、文京区とエンパブリック社の協働によって実施した「文京区新たな公共プロジェクト」は、地域課題を自ら解決する住民主体のプロジェクトの立ち上げと継続力向上を目的として行われ、4年間で60以上の地域課題解決の事業・活動を生み出しました。
特徴は、対話から始まるステージアップのプロセスを整備したことにあります。地域に住む人、通う人には、地域に関わりたい気持ちがあっても、参加できていない人が多くいます。その人たちの中には、地域課題を解決するために必要な知恵も力も眠っているのですが、地域に関わっていない人に地域課題の解決に参画するよう呼び掛けても、参加しづらいものです。そこで、区民の関心が高いテーマを様々に設定した対話の場を事務局が継続的に開催し、区民らが自分の興味があるものに参加できるようにしました。そこで地域の人や活動を知り、参加者同士で地域の課題の発見や理解を深めていくことを通して、地域への関心を高めていきました。そこから、自分の考えをまとめ、活動を企画し、区民に呼び掛けるまでを行うアクション・ラーニング講座、活動実践を通して、地域の中で人と人が出会い、つながり、お互いから学んでいくことで、地域課題や深いニーズと自分のできることに気付き、地域の人の力を借りて共に継続できる仕組み・事業を生み出していきました。
地域には課題を持っている人も、思いのある人、技術のある人、場所を持つ人、ネットワークのある人など様々に持っているものがあります。自治体、企業、既存のNPOなどの機関も多数あります。対話から始まるプログラムは、区民自らがそれを結び付け、活動の力としていくソーシャル・プロジェクトのプロセスと技法を、体験によって身に着けていく過程となっていました。
文京区とエンパブリック社の協働は2017年3月に終了しましたが、専門家による支援の機能は文京区社会福祉協議会が運営する地域連携ステーション「フミコム」に、活動者の相互支援は本事業から生まれたプロジェクトを中心に約40の団体が参画するネットワーク「文京まちたいわ」という2つの仕組みに引き継がれ、定着しました。
下図は、成果検証会議において、上記のプロセスをまとめた際に、個人的な活動を行っていた人が、自分の興味から始まり、対話を通し、仲間と出会い、視点を深めることによって、地域課題解決の担い手へと進んでいく学びのプロセスを、ループ図としてまとめたものです。
ここで大切なのは、社会活動への問題意識に訴えるアプローチではなく、“個人の関心事をきっかけに地域との接点をつくること”です。
個人の関心事をきっかけに対話の場に参加し、地域や社会のことを話し合います。そこから自分と共感できる方との出会いや活動への参加を通して、地域・社会への関心が高まり、再度対話の場等に参加することで、地域課題への理解が深まります。
そのような経験を経て「自分の関心事やできる事で地域活動を始めたい」と考えた方が、自分の思いを整理しながらまとめたプランを、専門家や地域の方たちに問いかけていくことで、共感してくれる仲間や参加者を増やします。そして、その方たちの声から、地域課題への理解がさらに深まり、それが活動の質を高めることにつながります。
活動を共に行う仲間が集まり、異なる強みを持つ方のチームができれば、個人から組織としての活動になり、“活動の継続力”が高まります。そのような活動が、行政・NPO等の社会課題解決に取り組む主体と協働することを通して、より公的な、幅広い人たちへの視点を取り入れたメッセージを発信できるようになります。それにより理解者を広げ活動の仲間が増えることで、“活動の継続力”がさらに高まり、視座も高まっていく好循環が生まれます。
「問題意識、当事者意識を持ってほしい」「課題解決に参画してほしい」と考えがちですが、参画の準備(readiness)が整うには、関係性や体験を通した納得が必要です。そのステップを飛ばして、変化は生まれません。
このように段階的に、のぼりやすい小さな階段を整え、社会参画プロセスを促すために必要な仕組みづくり、対話・ワークショップの開発、担い手育成に取り組んでいます。
<事業の考え方「成果検証会議報告書」より>
「地域で何かしたい」と考えながらも地域に参加できていない、潜在化している担い手を掘り起こすためには、区民やつながりの多様性に注目することが必要です。
これまで区民参加やつながりの大切さが指摘されてきましたが、その時に“区民”と“つながり”を一括りにしてしまいがちです。
“区民”には、会社やサークル活動等で企画を担ってきた方、経理や事務が得意な方、問題発見力がある方、デザインができる方、魅力的に情報発信ができる方等、様々な経験を持つ方が存在しています。その個性や能力、経験知は、“区民”“高齢者”等と、ひとまとめにすると見えにくくなってしまいます。
“つながり”には、同じサービス利用者同士のつながりもあれば、困り事のある方と解決する方のつながり、リーダーとサポーターのつながり、テーマは異なるが新しいことに挑戦している方同士のつながり、声をかけ合うつながり等、様々な“つながり”があります。
これまでの行政は、区民参加と一括りにして、地域住民の個性やつながりの多様性を活かす試みに、あまり取り組んできませんでした。そのような多様性は、地域社会やグループの中では認識され活かされてきたと考えられます。行政は、活動している組織やグループと接すれば、その中の多様性への配慮をする必要がありませんでした。例えば、防犯と緑化では担い手が異なりますが、「防犯活動を町会でしてください」「緑化を町会で進めましょう」というように、“町会”という一括りで依頼すれば、町会の中で担当者が調整されてきました。
一方で、地域活動や地縁組織(町会、自治会)に参加していない区民が、地域に参加するきっかけをつくるに当たり、“区民”といった一括りでは、「自分が活躍できるフィールドがある」という実感が持てず、地域活動への参加を促すことができませんでした。
地縁組織が(町会、自治会)弱まりつつある社会となり、区は、“より具体的に区民の個性に注目し、多様なつながりを築くことができる機会をつくっていく”必要性があります。そのためには、区職員が、多様な区民と対話や活動の場で接し、話し合いながら顔の見える関係性を構築して、一人ひとりの関心事を大切にした区民の“出番づくり”をしていくことが、「協働・協治」の前提として必要とされます。
「新たな公共プロジェクト」では、豊かな「協働・協治」の実現に向けて、「協働プロセスの重視型」の協働の考え方に基づき、これまで地域活動に参加してこなかった方を積極的に活かし、新しい発想による課題の発見と解決方法を生み出す仕組みづくりに取り組んできたといえます。
それは、豊かな経験やアイデアを持つ方に、地域課題の解決の担い手となっていただくため、“第一に、自分の関心事から地域に接点を持っていただき、地域の人との出会いや行政との協働の機会を通して地域課題への理解を深め、周囲の方の力を借りて活動を推進し、結果的に「新たな公共の担い手」として課題解決ができる存在になっていく”というプロセスです。