季刊誌「地産知縁」第4号を発刊しました。

季刊誌「地産知縁」第4号 「アクションを促す学びの場をつくるには?」発刊しました。 さらに読む

スタッフ矢部のリケジョの取組みが、日刊工業新聞に掲載されました。

スタッフ矢部のリケジョの取組みが、1月5日に日刊工業新聞に掲載されました。

▼日本女性技術者フォーラムのHPから、PDFでみることができます!
http://jwef.jp/activity/article.html
(掲載日:2016年1月5日 矢部純代「リケジョとの出会いは喜び」)

green Books『グリーンズの学びの場のつくり方』に弊社代表・広石がコメントを寄せました。

NPO法人グリーンズが発行するgreen Booksの最新号『グリーンズの学びの場のつくり方』について、エンパブリック代表の広石が感想コメントを寄せました。
 
【リンク】株式会社エンパブリックの広石拓司さんは、どう読んだ? greenz people しか読めない green Books 第五弾『グリーンズの学びの場のつくり方』 | greenz.jp

エンパブリックが書籍「ソーシャルビジネスで地方創生」で紹介されました

エンパブリックの活動が、書籍「ソーシャルビジネスで地方創生」(渋川智明著 ぎょうせい)において紹介されました。

街に生まれたソーシャルビジネス(事例)において、「知恵と力を持ち寄って下町のあたらしいまちづくり」として紹介されています。

なぜエンパブリックは根津にあるのか?

代表 広石へのインタビュー (2009年5月)     PDF

Q エンパブリックは、東京の下町「根津」に拠点を構えています。先ず、根津のまちについて紹介してください。

根津は東京都文京区の東端にあり、上野公園、東京藝術大学などのある上野の岡と東京大学のある本郷の岡に挟まれた谷にあるまちです。最近は、近隣の谷中、千駄木と併せて、谷中・根津・千駄木から谷根千(やねせん)という名称で親しまれ、下町の面白いお店がたくさんあるエリアとして、テレビや雑誌にも取り上げられることも増えています。

Q 私はエンパブリック訪問で初めて根津に来たのですが・・・

エンパブリックを始めてから、案外、東京や近郊の方でも「根津って、どこですか?」「行ったことがない」という方が多くいらっしゃいます。特に、日頃、渋谷や新宿を拠点にしている方には多いようです。設立後も、根津スタジオのように講座を行う場合、根津は不利な場所ではないか、という意見もいただいたことがあります。
ただ、僕としては、エンパブリックは谷根千で設立し、運営しようと決めていました。

Q どうしてですか?

エンパブリックは、個人の力を引き出し、持ち寄っていくことで、人と人がつながるような場づくりをテーマにし、そこから地域や経済を考え、最終的には新しい市民社会の基盤づくりに貢献していくことをテーマにしています。そのエンパブリックの概念を体感できる空間は根津、谷根千だと思ったからです。

Q エンパブリックの概念を体感・・・ですか?

そうです。先ず、谷根千というのが、谷中、根津、千駄木という3つの地域を集めた名前です。しかも、興味深いのは、谷中は台東区、根津・千駄木は文京区と行政区画を超えたエリアがまとまっていることです。
今の日本で大きな課題の一つが、地域活性化やまちづくりです。それらは、どうしても行政主導での運営であったり、NPOが主催していても行政と一体となって運営している場合が多くあります。しかし、谷根千は二つの区にまたがっていて、しかも文京区と台東区は小選挙区は同じですが、雰囲気が違っていて、連携度は高くない。
だから、谷根千は制度で括られたまちでも、行政主導で進められたまちづくりではなく、住民や訪問者の生活感覚、または住む人の持ち寄りでつくられたまちなんです。
そもそも、谷根千というコンセプトは、25年前に、森まゆみさんたちが、地域情報雑誌「谷中・根津・千駄木(谷根千)」を発刊されたことから始まっています。この雑誌を作る時、どのエリアを対象にしようかと考えたそうです。すると、千駄木あたりに暮らし、自転車を生活で使っている主婦の立場からみると、上野の山を越えて台東区の中心の浅草の方にも行かないし、本郷の山を越えて文京区の春日、小石川方面まで買い物には行かない。谷の中で生活し、生活で必要なことを賄っているのではないか。だから、生活感覚でいうと、谷中と根津・千駄木は一つのエリアだろうという発想から始まったそうです。

Q 生活感覚から、まちができていったということですね。

さらに、地域情報誌「谷根千」は、一般に書店では販売せずに、地元の店先においてもらって販売に協力してもらう販売方法をとりました。編集スタッフが自転車で地元の店に置いていってもらったのです。その地域情報誌を店頭に置くという共通の作業を通じて、それぞれの店舗に店舗の運営者さんもお客さんや住民も、谷根千という概念でつながりが生まれてきた。それが、谷根千というブランドとして定着する第一歩だったのです。
谷根千地域で毎年秋に行われる芸工展は今年で17年目になりますが、これは「まちじゅうが展覧会場」という概念に基づき、まちの人やお店などが、自分の店にアートを展示したり、ワークショップを行ったりします。これも行政や特定団体が仕切るのではなく、それぞれの参加者が自己責任で、店や個人の思いや展示物を持ち寄っていこうというイベントなのです。
また、不忍ブックストリートというイベントも、不忍通り沿いの書店、古書店の連携から始まり、そこからお店も協力して自分の店にある古本をダンボールに入れて店舗も前に出す「一箱古本市」という活動に広がっています。これも、同じ持ち寄りの発想です。
つまり、谷根千というまちは、個人・個店のやりたいこと、持っているものという個の資源を待ち寄ることでできてきたのです。

Q 行政や特定の団体が主導したのではなく、お店や個人からまちができていった訳ですね。まちづくりの意識が高い地域なのでしょうか?

まちづくりへの意識というよりも、個人、個店が自分のことを頑張っていることが、まちを創ったのではないかと、僕は感じています。
例えば、谷根千にはこだわりのお店がお互いに紹介しあっているのも、「まちづくりのため」というよりは、「自分の店に来て下さる方に対して、きちんと対応したい」という思いの結果だと思うのです。
あるこだわり雑貨の店が、お客さんからお勧めの喫茶店を聞かれたとします。こだわり雑貨のことが好きな人だから、きっとコーヒーやカフェにもこだわりがあるはず。だから、そのお客さんへの満足度を上げるために、いいお店を紹介したい。それが結果的に、こだわりのお店同士が紹介しあっているのだと思います。その結果、路地裏のこだわりの店に新しいお客さんがつき、その店が生き残れ、結果、まちの面白さが高まっている。

Q あくまでも、お店は自分の店をやっていくことが中心だと。

もちろん、谷根千という地域ブランドがある効果も感じています。また、生活や仕事をする場がよい空間であって欲しいので、まちを良くしたいという思いも強くあるでしょう。でも、お店がにぎやかなことの基盤としてあるのは、各々の店が自分の大切にする確たるものをベースに、何とか商売を成立させようと店を切り盛りしていることです。
「こだわり」というと、商売や採算を無視していると思われがちですが、逆に商売にこだわっているのです。自分の価値観をベースに、一人で、潤沢な資金を持たずにお店を運営するためには、先ず定期的に来て下さるリピーターの方を大切にしないといけない。そこが弱いと売上げの基盤がなくなってしまう。先ず「自分」、そして「顔の見えるお客様」という「人」が最初にある経営をしています。

Q 谷根千は都心なのに、コンビニなどの全国チェーン店が、あまりないのに驚いたのですが。

それも、まちづくりで反対運動が強いからとかではないのです。このエリアは、震災や戦争で焼かれなかった地域で、お店のスペースとして出るのが5坪とか10坪とか狭い場合も多いのです。全国チェーン店は、利益率を確保するための標準的な運営モデルがありますが、それは郊外や都心の大規模開発を前提としているので、このような小さな土地面積では難しいのです。
つまり、全国チェーンでは運営方法や商品、利益率の設定が店舗間で共通化され、それがブランドの裏打ちとなっています。ただし、店で働く人は入れ替わることが前提となっている。だからマニュアル化を進め、特定の人に依存しないモデルを構築しています。
それに対して、このまちの店の場合、先ず「人」がいて、そこから商品や運営方法ができています。
私は、このまちの経営モデルに、今の日本や世界の経済社会が学ぶべきものが数多くあると思っています。

Q 日本や、世界もですか??

企業の経済文化では、最初に成長が前提となります。自分らしさや人らしさを超えて成長しなければならない。利益のためには経営陣や社員が入れ替わるのも当然です。会社や商品に思い入れのないヘッジファンドや投資家がやってきて、「あなたたちのパフォーマンスが不満だ」というと、折角思い入れをもって開発し、根強いファンのいる商品も利益率が悪いとやめるのも当然だとなってしまいがちです。そこでは、人や思いよりも、利益を生む仕組みの運営効率の方が優先されます。
一方、谷根千の経済モデルは、自分たちの価値観や商品のこだわりがあって、持続可能的に商売をして、持続的にお客さんと価値を分かち合っていくというモデルです。
同じ店舗でも、全国チェーンは前者の「企業の経済」で、こだわりの店は後者の「お店の経済」で動いているのだと思います。

Q 「企業の経済」と「お店の経済」って、違うものなのですか?

例えば、店経済では、生活と仕事が分離していません。つまり、経済活動と、個人のやりたい仕事や暮したい生活が分離していません。
企業に勤めると定年があります。しかし、商店だと、いつまでもやっていけます。80歳でも続けたければ続けられる。勤務時間も自由に設定できます。また、自分の店だと、子どもを保育園に預けなくても、店先で一緒にすごせます。お店に店の子どもがいるのは昔、普通にあった風景ですが、今、全国チェーン店や大型スーパーで、スタッフの子どもがいることはないですよね。
シニア世代のいきがい、ワーク・ライフ・バランスなど社会的課題になっていますが、その解決には、「企業の経済」とは異なる「お店の経済」の思想を持ち込むことが必要なのではないかと思います。
それは、決して経済成長をあきらめよ、時代を逆行せよと言いたいのではないのです。新しい資本主義の中で豊かに成長していくためには、「企業の経済」に「お店の経済」を混ぜていくことが必要だと思います。店の経済も資本主義経済の一つの形です。「企業の経済」か「お店の経済」かといった二者択一ではなく、会社毎に両者を混ぜたモデルを、柔軟に捉え、もっと多様な会社のあり方、働き方、仕事の価値観を模索してもいいと思うのです。それが新しい資本主義を拓くのではないかと思います。

Q 仕事と生活の分離、融合というのは、地域づくりにも関係してきますね。

そうですね。今、地域活性化と言われる時、多くの人が「企業の経済」を前提として考えていると思います。特産品を、どれだけたくさん売れるかといった発想です。商店街の活性化も「企業の経済」の考え方に縛られがちです。そうした動きを完全に否定しないのですが、もっと別なオルターナティブな道があるはずです。
地域社会には、企業の経済、お店の経済、村の文化、家族の文化など複数の考え方、行動指針が多層的に存在しています。
これまで、小さな商店を守っていくことは、大規模店舗やフランチャイズ展開に比較して、不利だ、しんどいと思われてきました。かつては、そうでした。しかし、今の時代、そしてこれからの時代、1つの企業がフランチャイズで50店舗に増やすことは、50人の人がそれぞれの1つの店舗をつくって守っていくことと比較して、全ての面で効果が高いのでしょうか? 人がいきいきと働く、生活と仕事のスタイルを選択できる、多様性によって環境変化への対応力をつけるといった側面の意義は、これから大きくなのではないでしょうか。

Q しかし、効率という点では、大企業型の方がいいのでは?

確かに、50店舗がバラバラに動いていたら、効率は悪いですね。ですから、私たちは、「クラスター」という発想を重視しています。
谷根千は、個々には小さな事業が持ち寄り、つながり、紹介し合う、共通インフラとしてのイベントを持つといったことを通して、谷根千という地域ブランドや魅力をつくっています。だから、谷根千に行けば何かこだわりのものがあるんじゃないかと思わせることができて、ますます町の魅力がアップします。また、新しく店をやろうと考えている人も、この町ならやっていけそうと思って自然と人が集り、ということの繰り返しによって、まちの魅力が高まってきています。
先ほどの問いに戻ると、50店舗がバラバラに動くのではなく、50店舗のそれぞれ(個)ができることや魅力を持ち寄り、全体としての相乗効果として新しい価値が生まれ、それが個も全体も豊かにしていくように、地域のつながりを生み出していくこと。つまり、地域のバリューチェーンに基づくクラスターづくりを進めていくことができれば、50店舗の開発、運営の全体コストを抑えながら、フランチャイズではできない地域独自の魅力を生み出すことができるでしょう。

Q 谷根千をモデルとして、エンパブリックとしてはどのようなことをしていきたいのでしょうか。

エンパブリックが「市民社会のバリューチェーンをプロデュースする」と言っているのは、行政やまちづくりプロデューサーがまちづくりを進めるのを超えて、谷根千のように個がバリューチェーンによってつながる地域をつくっていくノウハウと手法を開発し、提供しています。
中でも、個々人が自分が社会とつながり、新しい価値を生み出していくための活動(サークルをつくる、自分で店をやる、起業する)などをサポートし、それら小さな自分のための活動が個々で動くだけでなく、つながり、クラスターを生み出すためのコーディネーターの育成、プログラム・デザインなどに取り組んでいます。
エンパブリック根津スタジオでは、場づくりやコーディネーター育成のためのトレーニングプログラムを提供しているので、ぜひ、お気軽に根津スタジオに足をお運びください。
そして、根津スタジオにお越しの際には、谷根千のまちを散策してみてください。谷根千の空気を感じとっていただき、皆様の今後の仕事や生活を考える一助にしていただければと思っています。

エンパブリック設立のストーリー

エンパブリックは2008年5月に、「市民社会のバリューチェーンのプロデュース」を掲げて設立されました。
人は、もっと誰かのために役立ちたい、幸せになりたい、自分自身を活かしたいという気持ちを持っています。こうした気持ちと自分の中にある資源をだれかと分かち合う場が世の中に増えてくことで、いい相互刺激や相互支援ができると考えます。

さらに、こうした場が場とつながっていけば、クラスターとなり社会に新たな潮流を生むことができます。これらのステップを通じて、個人も社会も会社も、より手応えのある人生を歩んでいただきたい。

私たちは個人と全体のWIN-WINの関係づくりに役立ちたいのです。

「エンパブリック(empublic)」という言葉は、プライベートで持っている思いや知恵や資源を、少しパブリック化して、分かちあったり、持ち寄ったりすることで、人々のライフスタイルをシフトすることを意味しています。
現代社会においては社会環境や経済の変化がめまぐるしく、一人の力では対応できない問題も多いかもしれません。しかし、個々人の中には、職場や地域において、他の人と力を出し合うことで、クリエイティブな力を生み出す力があると信じています。

個人と企業、個人と社会が同時に幸せになる社会、それはきっと実現できる。そのために、お役に立つ商品・サービスを開発し、より多くの方に使っていただけるよう提供していきたいと考えています。

2008年 株式会社エンパブリック代表   広石 拓司

代表の広石は、薬学部大学院を修了後、大手シンクタンクで医療経営のプロジェクトに携わっていました。そこで、医療という人の生活を支え、人に最もフォーカスされているべきサービスで、利用者不在のサービスになっていることに懸念を感じたのです。もっと一般の人や現場の人が中心となって、新しい医療や福祉を始めとする社会サービスを生み出していけるのではと考え、96年、社内にED!SON(市民生活室)を立ち上げ、新しい市民社会づくりに役立つサービスの模索を始めました。
同時に、アメリカやヨーロッパでNPOのリーダーたちに出会います。彼らは若く、きれいなオフィスで、自分たちが社会を良くすると堂々と語り、事業として成長させようとしています。その姿を見て、日本になんとか紹介し、導入したいと考えて、試行錯誤を続けていました。

そんな中、2001年にETIC.代表の宮城治男さんや井上英之さんと出会い、社会起業家というコンセプトを紹介されたことを機に、ETIC.との活動が始まりました。
ETIC.の周りには社会起業家を志す人たちがたくさん集まっていました。そして彼らは口をそろえて「前例のないことに挑みたい」と言います。この時、社会は大きいところで変化していくのではなく、リスクを負い、失敗からも学べる挑戦者たちのように、前へ動こうとするところから動いていくのだと気付かされました。そして、彼らに自分が得てきた社会や経営、事業発想のノウハウを伝え、彼らの実現したい夢を形にすることを共に考えるために「社会起業精神ワークショップ」を02年に始めました。それから7年、ワークショップは20を超える地域で50回以上開催され、受講者は1500人を超えています。会社員だった自分がETIC.や地域の現場にどんどんと入っていけたのは、ワークショップがあったからです。
06年には「好きなまちで仕事を創る」の制作に編集長として参加し、その後、チャレンジ・コミュニティ・プロジェクトを通して数多くの地方都市から商店街、農村まで多くの地域の現場での仕事に携わることができています。さらに、社会起業家というコンセプトを通して、欧米、中国、韓国の魅力的な人たちとたくさん出会うこともできました。

このように社会起業家の立ち上げやプロジェクトの支援を続ける中で、ずっと一つの疑問がありました。「なぜ日本のNPOや社会起業家は欧米のように大きくなれないのか?」。
最初に出会ってから10年の間に、アメリカではNPOや社会起業家には10億円を超える団体が続々と登場し、社会的影響力も大きいメジャーな存在としてホワイトハウスも無視できない存在となっています。欧米では、社会起業とは新しいルールある市場をつくるものという認識も広がっているのに、日本では依然として、いいことしているけど、小さい活動というイメージのままです。
活動を育成する立場の者として、何が足りないのか、日米で何が大きな違いを生んでいるのか、あらゆる可能性を考え続けました。  そして最終的に気付いた最大のポイントは、
「日本人には、バーベキューの経験が足りない」ということです。
欧米の人は子どものころからホームパーティをしたり、BBQをしたりして、新しい人とつながるイベントを主宰する経験を積んでいます。学校でも、ワークショップ型の授業や、クラブ活動のための地域からの募金集めやチケット販売などが盛んに行われています。誰もが「人が集る場を自ら運営する」という経験値を自然に高めています。それに対して、日本の若い世代は、小中高と教えられる授業を中心にし、チケット販売や多世代がつながる場の主宰をあまり経験していません。そんな経験値が弱いまま、いきなり地域の様々な関係者の力を集め、一つに束ねていく社会起業をしようとしても、うまくいかないのです。
日本と欧米の若者に志の高さや事業計画立案力に差はありません。しかし、実際に現場で、ワークショップ、勉強会、イベント、ボランタリーな組織の運営などをやってみて、うまくいかないと苦労する人が多いのです。参加者を募るにも、寄付を集めるにも、場づくりや運営の経験値がなければ、概念を実現させることはできません。また、人が新しい場に集まっても、どう動けばいいか、何をどう手伝えばいいか、直感的にわからないので指示待ちになります。そこが欧米と比べると圧倒的に足りない以上、欧米のNPOや企業に勝てないのです。

それは地域やNPOだけでなく、企業でも同じ課題があります。グローバル対応が進む中で、かつて日本企業にあったコミュニティは失われ、職場の人間関係作りに悩んだり、精神的に追い詰められる人が増えています。社会や制度から「場」が忘れられ、人々の間から「場づくりの経験値」が失われてしまっているのです。

こうして、日本の市民社会を充実させていくためには、幼少からの個人の経験として足りていない「場」と「場づくり」の経験を意図的に重ねることが必要不可欠だという結論に至ったのです。
しかし、場づくりの経験値を高めるといっても、単に経験するだけでは時間がかかります。経験値の少ない人もやろうと思え、そして現場で加速化度的にステップアップできなければならない。

多くの現場で、多くの人がこのような場づくりを求めています。

一人でも多く人が豊かな場づくり経験を重ねられるように、場づくりのスキル化、ノウハウ化を進め、サービス、商品として皆様に提供し、場づくりをサポートするインフラが必要と考え、共感した仲間たちと共に、エンパブリックを設立することになりました。

エンパブリックは、場づくりノウハウが多くの現場で使われるよう普及することに徹底的にこだわって、新しいサービス、商品の開発と提供に取り組んでいます。