開催レポート 講座「協力・協働の推進力『ソーシャルラーニング』を学ぶ」

2016年5月28日(土)、東京都市大学環境学部の佐藤真久教授をゲスト・ナビゲーターにお招きし、講座「協力・協働の推進力「ソーシャルラーニング」を学ぶ~変化・不確実・複雑・曖昧(VUCA)時代を生き抜くために」を開催しました。

正解が明確な問題を教えるには、専門家からの「情報・知識の提供」が有効でした。しかし、実社会で起きている数多くの”正解のない問題”に対しては効果的ではありません。そこで、既存の分野や枠組みを超えてつながり、共に探求する中で学び続けるプロセスとして「ソーシャルラーニング(社会的学習)」が注目されています。ソーシャルラーニングをキーワードに、つながり、共に探求し、学びあう関係から個人・組織・社会の変化を促すにはどうしたらいいか、参加者のみなさんと共に考えました。

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■「個人能力の開発」から「結合的能力の開発」へ

多様な担い手の協働が今後ますます必要となる理由として、佐藤氏は「結合的ケイパビリティ(能力)」の向上を挙げます。これは、強い持続可能性を構築するうえで、知識や技能といった個人の能力を高めるだけではなく、組織・市民・自治体・社会インフラなどの総合的な能力すべてを高めていく必要があるということです。たとえば、佐藤氏がこれまで関わってきた南アジアにおける女性の識字教育を例に挙げると、女性の識字能力を向上させるだけでは彼女たちが社会で生きられるわけではなく、それを受け入れる文化や推進する自治体施策、女性の能力が活かされる環境づくりなども同時に進めてきたといいます。「教育論、組織論を超えて、環境全体のガバナンスの中で持続可能性を確保していかなければならない」と佐藤氏は強調します。

参加者の中から、「結合的ケイパビリティを高めるうえでの全体設計はするべきか?」と質問がありました。それに対して佐藤氏は、「全体設計はおそらく無理だろう。しかし、多様な能力が互いに影響し合うということを念頭に置いた課題設定が求められる」と答えました。

■変化の担い手として介入する「チェンジ・エージェント」

また、異質性が高い状況において、多様な主体が協働するために変化の担い手として介入する推進役が必要です。それが、「チェンジ・エージェント」です。その役割として佐藤氏は、①資源連結(人・モノ・カネ・情報をつなぐコーディネーター)、②プロセス支援(協働・学習のファシリテーター)、③問題解決提示(ノウハウを提示するコンサルタント)、④変革促進(課題認識の捉え直し)を挙げました。この全ての役割を一つの団体が担う必要はなく、複数の団体が得意分野に応じて分担することも効果的だと言います。

町内会などの地縁組織における協働プロセスでは、チェンジ・エージェントには、特定の地理的地域において一般包括的な支援を幅広く提供する「ゼネラリスト・インフラストラクチャー」としての役割が求められます。たとえば地域における学習支援施設においては、「子どもの成績を上げる」といった教育面だけでなく、住環境や貧困問題など複合的な課題が絡むことが多いでしょう。そのため、ナレッジ(知識)のインフラを整えることが、協働を推進するチェンジ・エージェント機能として重要になってきます。

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■協働プロセスに必要な社会的学習とは

これまで、協働を効果的に推進するうえで結合的ケイパビリティ向上とチェンジ・エージェント機能が重要だということを述べてきました。近年、佐藤氏の研究でさらに明らかになってきたことは、協働のプロセスにおいて、共に学びあう「学習」の視点も取り入れることが、VUCA時代において必要であるということです。これが、今回の講座のメインテーマである「社会的学習」の肝と言えますが、まず簡単にその歴史的進展について触れておきましょう。

まず1960年代初期からの第一学派において、社会的学習とはロールモデルの模倣をすることで個人の行動パターンを修正し、適切行動を取ることができるという、いわば「個人のマネジメント」を指すものでした。
次に、1990年代初頭に現れた第二学派においては、ピーター・センゲの「学習する組織」にもあるように、グループメンバーの経験を通して組織がいかに学習し適応するか、という「組織のマネジメント」に主眼を置くものです。
そして、2000年代から第三学派が捉えている社会的学習(今回の講座のテーマ)とは、不確実かつ予測不可能な状況下において、組織だけでなく周りの環境も含め、状況に応じて最適解をみんなで見つけていく(=最適利用)「地域のマネジメント」とも言えるものです。

この第三学派の社会的学習モデルは、多様性を前提としており、「グループの合意を一つひとつ形成しない」というのが大きな特徴です。共通の課題認識は持ち、そこに向かって共に歩み続けながら個人それぞれが貢献する、というプロセスを重視することで、状況的に学びを構築しようというものです。また、社会的学習に援用しうる理論的枠組みとして、佐藤氏から実践共同体(CoP)における学習構造やコミュニケーション合理性などの解説がありましたが、いずれも共通するのは理論と実践の反復やコミュニケーション(対話)を通じて、柔軟に最適解を見つけていくプロセスである、ということが強調されました。

ここで参加者から、「最適解を見つける、というのは合意形成しない、ということと矛盾しないのか?」という質問が挙がり、エンパブリック広石から「コレクティブ・インパクト」を例に補足説明をしました。たとえば全国で環境教育を推進する場合、全国共通のゴールを設けるのではなく、各都道府県の状況に応じた目標設定をしてそれぞれ達成に向けてアクションを取る、というように「課題と進捗状況は共有するけれど、一つひとつの合意は取らない」という協働の進め方が、状況が常に変わりうるVUCAの時代において必要なのではないか、という視点が提示されました。

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■「協働」と「学習」のプロセスを活かしあうには

VUCAの時代の協働プロセスにおいて、周りの環境も含めて状況的に最適解を探求していく「社会的学習」のモデルを取り入れることが必要だ、ということは分かりました。しかし、現場において「協働の成果」を出すことと、共に学びあう「学習」の動機づけをすることの両立は可能なのでしょうか?
これは、場づくりにおける「議論」と「対話」の課題に似ています。意見をぶつけあう「議論」と、意見を聴きあう「対話」はそもそもモードが異なるため、これらを一つに融合させようとするとうまく行きません。ここで重要なのは、議論と対話は異なる種類の話し合い方である、ということをファシリテーターが認識し参加者にも理解してもらうため、時間を区切ってプログラムを組むことです。

これと同じように、「協働」と「学習」の両輪を回すためには、両者の自覚的な使い分けが必要だと言えます。確かに、協働プロセスの中で目標達成に向けてグループで成果を出すことも重要ですが、分かりやすい成果を上げることが難しい場合、「60点目標なのに25点しか取れていない」などと離脱するメンバーが出たり、格差が生まれたりする恐れもあります。このとき、「学習」の視点を持つことで、「これまで20点だったものが25点になった」というプロセスを評価していくことができ、メンバーが前向きに学び続ける動機が生まれ、それが協働を持続させるエネルギーにもなるでしょう。
変化・不確実・複雑・曖昧な状況下で、時間軸の中で変化していく「協働」においては、固定的な評価以上に、状況から得たものをどう次に活かしたかという「学習」のエンジンが必要不可欠なのではないでしょうか。

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■参加者の気付きと疑問

ここまでの話を踏まえ、参加者からは「VUCAの時代において社会的学習が必要なことが改めてわかった」、「自分は答えを求めてこの場に来ていたが、正解はないというのを前提にしなければならないと気付いた」、「いま自分がやっている仕事の状況に照らし合わせて、実は近いことをやっていたなと腑に落ちた」といった気付きのほか、「多様性を前提とした社会的学習、コレクティブ・インパクトの概念は理解できたが、会社などでは同一性を求められる。社会全体で異質性を受け入れるには?」「現場での活動にどう落とし込めば良いか?」、「VUCAの時代において、生き残れるのは強い個人だけになってしまうのではないか?」とった疑問も共有されました。

広石からは、「何をもって基盤とするのか、安定の前提となる構造が見えづらいのが今の状況。ビジネスの現場でもかつての前提条件が崩れている。そのことを体感する人が増えると同一性だけでは難しいことに気付く人が増え、学びの転換の必要性が伝わるのではないか」、佐藤氏からは、「社会的学習についてここまで整理するのに3年ほどかかって、ようやく本質が見えてきた。これは教育分野だけでなく生活の中の豊かさにも関わってくるもの。今日皆さんからいただいたコメントを受け止めて、また考えていきたい」と話がありました。

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■社会的学習を効果的に行うために

最後のふりかえりとして、「協働・協力とソーシャルラーニングを効果的に行うために、これからどうする?」というお題で、参加者それぞれの考えや気付きをまとめました。

・真剣に実証する。既存の枠組みで満足しない。
・「学習」についてもっと深める、広げる。
・協働面を重視してきた感じがするので、学習面に配慮していこう。
・学びを上手にデザインしていくために、まずは自分の学びを促す。
・誰とやるかということが重要かも・・・
・学習プロセスがあることによって協働が加速する
・会社など組織で学習の場を提供するコーディネーターなどできたらいいと思う。
・社会的な輪を広げられたらいいな。

など、最後にグループごとに共有し、講座終了の時間となりました。

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今回の講座のキーワードの一つに「時間軸」があると感じました。これまで、学習は学習の場、計画は計画のように区切って考えていることが多かったのではないでしょうか。研修でスキルを学んだとしても、実際に使い始めるには現場環境の中で使えるようになる関係づくりのプロセスが必要で、実際に使いこなせるようになるには時間がかかります。そうこうしている間にスキル自体も更新されていき、かつて学んだスキルは古くなってしまうかもしれません。「研修を修了した」で時間を止めるのではなく、動き続けていく時間の中で、現場や周囲の状況から学び続けていくこともソーシャルラーニングの必要性だと思います。

学びや協働なども時間と共に変化し、深まっています。これからも、みなさんとの対話しながら深めていきたいと考えています!

【お知らせ】
6月中に、佐藤氏の論文「環境管理と持続可能な開発のための協働ガバナンス・プロセスへの『社会的学習(第三学派)』の適用に向けた理論的考察」が発表されます。またあらためて、エンパブリックでも対話の機会を設けたいと考えていますので、どうぞお楽しみに!