あらかわヘルシータウン・クリエイティ部 第6回(2016年1月11日)後半レポート

これまでの議論を通して、健康をめぐっては、複合的な課題をどう扱うか? 社会サービスへのアクセスと判断を求められる家族をどう支えるか?が重要な課題だと見えてきました。その課題解決のヒントとなるのが、フィンランドの「ネウボラ」です。ネウボラについて学び、日本で効果的に実現するために、何が必要か、考えました。また、第1シーズンのまとめとして、共同主催 菅野哲也による大シーズン総括コメントも。

#7 小児医療からみたヘルシータウン

ワンストップでつながる子育て支援  ~ネウボラを例に~

地域と専門家をつなぎ、家族を支える仕組みを地域でつくるヒントとして、山口有紗さん(茅ヶ崎市立病院小児科)から、フィンランドで実施されている「ネウボラ」をご紹介いただき、地域で実践するにはどうしたらいいか考えました。

◇山口有紗さんのキーノートより

  • 出産前後は複合的な社会サービスが必要となる状況にある。
    産婦人科で検査、市役所で母子手帳、保健所でママパパ講座、職場で産休・育休の申請、産婦人科で出産、小児科で乳児健診、役所で出生届け、保健所で離乳食の講座、保育園さがし、民間機関で育児サポート、思わぬ出来事に福祉の申請……
  • 多様な機関がこどもをみているけれど、それぞれの間の情報共有の機会に乏しい。それぞれの専門と担当は分かれてしまっている。医師の立場でみると、病院と行政のように院内と院外の分断があり、連続性が持てていない。その結果、親と本人が、多様な場所からの色々な情報を全部聴いて、困っている状況に陥りがち。
  • 同様の専門サービスの分断が生じる状況に対して、フィンランドでは、かかりつけの専門保健師を窓口に、妊娠から出産・育児の切れ目のない支援を実現するために、子育て家族を中心にした対話とワンストップでつながり続ける仕組みを整えている。
  • ネウボラのポイントは下記の5つ。
    • 妊娠の届け出からスタート(信頼関係を築く初回面談がポイント)
    • 無償で全員対象のサポート(課題ある人やハイリスク層だけではなく、予防の視点)
    • 個別対応(一人ひとりとの丁寧な対話に基づき、多様なリソースとつなぐ個別対応)
    • 「かかりつけ」の担当者(信頼関係でつながる)
    • ネウボラを専門職として確立(ネウボラは国で雇用)
  • 妊娠から就学までの「出産ネウボラ」、就学後の「子どもネウボラ」などの制度が広がっている。
  • 日本でも、フィンランドを参考に、和光市で「わこう版ネウボラ」を始め、各地でネウボラ事業も始まっている。ただ、日本でネウボラという言葉が独り歩きし、ワンストップ窓口づくりに止まる、ハイリスク層への限定という場合が多い。

ネウボラについての質疑

・就学後のサポートは?また、貧困者、シングルマザーなどのサポートも行うのか?
→フィンランドでは、ネウボラも専門性を高めており、出産ネウボラから子どもネウボラにつなぐ、高リスクの家族は家族ネウボラの手厚いサポートを受けるなどの仕組みが整ってきている。

・健康な子どもも全員というと、社会保障コスト負担が大きいのでは?
→ネウボラは予防的なアプローチを軸としている。予防により、安心して出産できる、虐待が減る、就学・就労できない家族をなくすなど長期的な社会保障費の削減や経済効果にもつながると言われている。ネウボラは、会話を通して専門家へのアクセスの緊張感を減らし、効果的に社会サービスが活用されるようになる。

・たとえば、アロマテラピー、鍼灸などの従来の医療の枠ではないサービスもコーディネートされるのか?
→ネウボラは自治体が中心に運営されているが、地域の民間団体との組織化にも連携している。フィンランドでは、ネウボラという相談所もあり、そこが窓口になっている。

◇日本で効果的に実現するうえでの課題は?

  • ネウボラの本質は対話が中心だということで、家族とネウボラの関係性がポイントだと考えられるが、日本では社会サービスの提供の発想が中心になりがち。ワンストップ・サービスとネウボラは似ているが違うものであろう。行政に、家族を支える専門家と安心感、信頼感のある関係をつくることへの理解も必要。人と社会・地域の関係性を、誰がどうつくるのか、考える必要がある。
  • 日本で妊婦から育児の家族全員をサポートする担い手は誰がいいのか。保健師だけでは数が足りない。社会的に「コミュニティのおばさん」を増やす制度、専門的なトレーニングが必要だろう。そのコストを、誰がどう負担するのか。
  • 日本では、行政に頼るよりも、この仕組みを民間事業として立ち上げるのがいいのかもしれない。
  • ・若い人は子どもを抱え込みすぎているが、家族の形態を核家族から従来のものに戻すことはできない中で、小さなコミュニティを増やしていく仕組みが必要だろう。子育てが終わった人の協力を得ていくのも大切ではないか。
  • 日本は普及する過程で意味合いが変わるときもある。「ネウボラ便利ですよ」と利便性を訴えていくと、「かかりつけ=お任せ」となってしまわないか心配。相性が合わないことなどの課題もあるだろうから、それを支える仕組みをつくる必要がある。
  • 本当に、かかりつけの制度がいいのか、担当する専門家と一対一の関係性がいいのか。相談や関係性のつくり方も、いろいろな形態が考えられる。親子食堂やくらしの保健室などのコミュニティをつくる方法もあるのではないか。
  • ネット検索で、公的な情報がもっと優先されて表示されるなど、情報へのアクセスのしやすさに工夫できる余地がある。
  • 専門家はそれぞれの強みを調整するために、地域ケア会議のように、地域子育て会議のような仕組みを立ち上げる必要があるのではないか。→ 地域包括ケア、地域ケア会議を高齢者に絞らずに、子育てや若い障がい者のことも混ぜていけないのか。
  • 大切なのは、人との関係をどのように社会がサポートしていくか。不安な妊娠から、誰かが必ずあなたをみていますよという信頼関係をどう仕組みにするのか。

第1シーズン 仮まとめ(菅野哲也)

家庭医としての問題意識から始めたが、6回を経て、アメリカで広がっている概念「patient centered medical home(PCMH)」のことを改めて考えた。PCMHは、プライマリケア分野で、患者中心のケアを総合的、継続的に行っていく「かかりつけ医」などを患者にとっての医療の拠点(Medical Home)としていく考え方だ。多職種で連携し、患者の社会サービスへのアクセスを改善していく取り組みで、ネウボラの考え方にもつながる。まだ広がっていない患者中心の医療・ケアへの動きを進める必要性を、今回のプログラムで改めて感じた。

今回、課題を把握することに注力したが、次のシーズンでは課題解決へのアクションもしていきたい。

熱心にご参加いただき、議論いただいたみなさん、ご参画ありがとうございました。